2015年1月16日金曜日

[番外編] 2015年佐賀県知事選を振り返って

CCCによる指定管理図書館第1号、代官山蔦屋書店デザインベースの複合図書館第1号となった武雄市図書館・歴史資料館は、佐賀知事選に出馬した樋渡前市長の「実績」として2013年4月1日の「リニューアル」オープン以降喧伝されてきました。

樋渡氏に関しては県知事選の戦いの中で市議会での反対派議員への暴言、ネットでの暴言書き込みが知られるようになり、自民党本部を動かして得た自民・公明推薦候補にも関わらず、佐賀県内の保守政治基盤を分裂させ落選という結果となりました。

選挙後、様々な報道が出ていますが、私もたまたま選挙戦最中に佐賀市や武雄市を観光等かねて訪問しており、樋渡氏の街頭演説も見る機会がありました。また出版関係の情報ウォッチの延長線上でも樋渡氏の動向は普段からウォッチしていましたので、その際思った事や選挙結果についてメモをまとめてみます。

2014年師走の佐賀県庁。知事選挙の垂れ幕が出ていた。



1. 佐賀県知事選挙を巡る出来事
(1)朝日新聞佐賀地方面記事での振り返り
佐賀県知事選での樋渡氏と当選した山口氏の動向分析は朝日新聞1月15日朝刊西部版佐賀地方面「(選択@佐賀)「敵の敵」山口氏陣営結束 予想上回った反樋渡票 知事選 /佐賀県」に詳しい分析記事が出ています。基本的にこの通りです。よくまとめられた記事だと思います。

朝日新聞記事では樋渡氏への不安として以下のような例が挙げられた。
・武雄市議会で反対派市議に「あなたには答えたくない」「あなたはでたらめが多い」「嫌なら選挙で落とせばいい」と公言。
・自民県議「市議会で議員をなじっているのを見ると、政治家以前の問題」
・知事と密接に連携していかなければならない事の多い市町首長の間に「資質」への不安が広がった。→農協もこうした動きの一つに過ぎない。

(2)佐賀県知事選挙を巡って起きた出来事
2014年4月6日:
・任期切れに伴う武雄市長選挙。樋渡市長が再選。実質的信任投票で2万票を獲得。

2014年11月13日:
・古川知事(当時)、衆議院選挙出馬意向を固めたと報道される。
2014年11月17日:
樋渡啓祐市長(当時)が上京。菅官房長官に面談。
2014年11月25日:
・古川知事、辞表提出。県議会で衆議院選挙への出馬を正式表明。
2014年11月27日:
・樋渡市長、退職申出書を提出。
・自民党伊万里支部、佐々木豊成氏(財務省TPP国内調整統括官。伊万里市出身)へ県知事選への出馬を要請。
2014年11月28日:
・樋渡市長、未明にブログへ辞職届を12月3日付で市議会議長へ出すと書き込み。
2014年12月1日:
・佐々木氏、政権側からの引き止めがあり立候補を断念。
2014年12月2日:
・JA佐賀中央会の金原副会長が官邸と自民党本部の対応を批判。
2014年12月3日:
・知事選日程が決まる。(12月25日告示、2015年1月11日投開票)
・自民党佐賀県連、県知事選推薦検討を衆院選挙後に先送りを決定。
・佐々木氏擁立に関与していた今村衆院議員は2014年衆院選挙で定数是正に伴う比例転出だったにも関わらず小選挙区重複候補者より下位の31位登載された事に対して福岡県連会長より(党本部は)約束を違えているとコメント。今村氏は当選したものの佐々木氏擁立に関わった事に対する冷遇と見られている。

2014年12月14日:
・衆議院議員選挙

2014年12月15日:
・山口祥義氏(総務省元過疎対策室長)、杵島郡地域協議会を通して県知事選への推薦願を提出。
・自民党佐賀県連、県知事選の推薦について党本部に一任。福岡県連会長は党本部決定は党議拘束になると説明。
2014年12月17日:
・自民党選挙対策本部、樋渡氏の推薦を決定。
 山口氏は申請期限を越えている事を理由に検討対象に含められず。
2014年12月20日:
・佐賀県農政協議会、山口氏の推薦を決定。
2014年12月22日:
・樋渡氏、自民党本部で安倍首相(党総裁)から推薦証を受け取る。その際に「農協全体を見直す必要がある。農政そのものに岩盤規制があると思う」と記者団に語った。

2014年12月24日:
・公明党県本部、樋渡氏の推薦を決定。
2014年12月25日:
・佐賀県知事選挙告示日
・公明党本部、樋渡氏の推薦を承認、発表される。
2014年12月28日:
・菅官房長官、佐賀市内のショッピングモール駐車場で応援演説。米を農協に売るより直接販売した方が利益があがるといった意の演説を行い婉曲ながら農協批判を行った。
ゆめタウン佐賀での街頭演説

・樋渡氏の選挙ポスターの独創的なデザインがネットなどで評判となった。武雄市図書館を背景に撮影したもの。
武雄市図書館・歴史資料館前の県知事選挙ポスター掲示板
樋渡氏のポスター(最初の版)の背景写真、本写真背景の図書館煉瓦壁と一致。

2015年1月3日:
・樋渡氏の選挙ポスターの貼りかえが確認される。(山口氏のデザインに類似)

・正月明けから党中央によるてこ入れが加速。応援弁士が続々と送り込まれた。
・自民党による自動音声電話が佐賀県内有権者宅に発信されていた事が判明。

2015年1月7日:
・日刊ゲンダイが樋渡氏批判記事を掲載。

2015年1月9日:
・週刊文春が樋渡氏の過去の言動など紹介する記事を掲載。
 また朝日新聞西部版掲載の週刊文春新聞広告にもその記事の見出しが載った。

2015年1月11日:
・佐賀県知事選挙投開票日。22時30分前には山口氏当確のニュースが速報された。
・山口氏の選挙事務所では今村衆院議員と民主党大串博志衆院議員が隣り合って当落結果の判明を待っており、樋渡氏が接着剤となって反樋渡勢力が糾合した図式となった。

(3)筆者私見
今回の騒動は樋渡氏が自民党佐賀県連との調整を飛ばして菅官房長官へ売り込みを行ったように見える出来事から始まっています。
当初、樋渡氏を良しとしない反対派が擁立した佐々木氏は政権側からの圧力で撤回に追い込まれており、その後で山口氏が自民党推薦を申請したものの推薦期限切れを理由に門前払いされています。
結果、山口氏陣営は県内自治体の首長や議員団を中心に県選出の衆参両院議員らも巻き込んで佐賀県保守層を二分する形で選挙戦が進む事になります。
朝日新聞2015年1月13日朝刊佐賀地方面「佐賀)知事選の出口調査 山口氏、無党派層を引き寄せる」では支持政党別の投票行動を分析していますが、公明党支持者の73%は党決定通り樋渡氏に投票。自民党支持者は樋渡氏49%、山口氏46%となっており、2003年県知事選以来の自民分裂選挙になる事がここで決まったと言えます。

樋渡氏陣営の謎は準備不足にしか見えない事務所の体制の弱さです。
例えば選挙ポスター。山口氏や島谷氏、飯盛氏の陣営は選挙ポスター用の裏面糊の耐水紙を使用していますが、樋渡氏は普通のポスター紙で両面テープ上下2本貼や画鋲などで貼っています。またそのデザインは候補者名が読みにくい明朝体フォント、武雄市図書館を背景に撮った写真を使う等、選挙ポスターの常識に反したデザインを採用しています。
(余談:武雄市図書館・歴史資料館は改装されてCCC指定管理の複合図書館となっていますが、建物は2000年に竣工したものであり、樋渡氏はそのデザインの決定に何ら関係していません)
また正月開けに展開されたバージョンは他の候補者ポスターデザインに類似したものに改められて(配色は山口氏に類似)、フォントも見直されて候補者名が分かりやすくなりましたが、選挙ポスター専用紙の手配は間に合わなかったようで再び普通のポスター紙に印刷されたものが使われました。

政見放送も視線が一定せず候補者の準備不足が感じられます。元々原稿読み上げが上手く見えたケースは少ない人なのですが故に何故もっと準備しないのかが理解に苦しみます。
自民党推薦さえ取れればなんとかなるという前提での先手を取っていこうとして最後に山口氏の立候補を阻止出来なかった事と、そこに到った原因が武雄市長時代の議会やネットでの発言、独断専行で物事を決めた後で議会や住民へ説明するといった手法などが跳ね返って来た結果として4万票もの大差に結びついたように見えます。

農協改革の為の知事選といった取り上げ方もされていますが、これは自民党本部と官邸側から見た「意義」に引きずられた見解です。菅官房長官も樋渡氏への応援演説で「米を農協に売るより直接売った方が利益は多い」という形で婉曲的に農協批判を行っています。
党中央・官邸側が何故樋渡氏を選んだかと言えば、樋渡氏が自民党の推薦証を受け取った際に記者団に語った「農協全体を見直す必要がある。農政そのものに岩盤規制があると思う」という所が全てじゃないかと思います。佐賀県は平野部は稲作や畑作地が広がる農業県です。日本の農業の高齢化は今後たち行かなくなる重要な課題ですが、触れるにしてももっと丁寧さが求められる問題であり無神経過ぎたと思います。

「負けに不思議なし」との発言が自民党方面で言われたようですが、何故佐賀県側の意見に耳を傾けなかったのか、調べなかったのか反省がなければ党本部・官邸vs.地方の図式は今後も繰り返されるでしょう。

2. 落選運動はあったのか?
(1)情報公開の必要性
佐賀県知事選挙後「落選運動があった」という書かれ方をするケースが増えましたが、直接的に有権者が見て参考にされた事で票が動いたケースはあまりなかったのではないかと見てます。但し樋渡氏の過去のネットへの書き込み、情報開示請求で得られた資料、武雄市議会議事録等をアーカイブ化してインターネット上でアクセス出来るようにした方が複数名いらっしゃります。私も参考にさせて頂きましたが、こういった情報蓄積が為されていた事でデマではなくファクトに基づく批判が展開された事は大きかったと思います。

何故そのような情報蓄積が必要かと言えば、樋渡氏の発言は数字が盛られていたりする事はよくあり信頼が置けない為です。例えば樋渡氏が農業政策の成功例としてアピールして来たレモングラスは「5億円の経済効果」と言われていますが、そのレモングラス生産にあたっている農事組合法人の決算を見ると2500万円の売上高(平成22年実績)しかありません。「経済効果」という言い換えで波及効果があると主張されていますがレモングラスのような用途がニッチなハーブで20倍もの波及効果があるとは思えません。

落選運動とはその選挙区の有権者しか出来ない事です。
では選挙区外の人たちは問題ある政治家や自治体の事業を批判出来ないのか?というかと言えばそのような事はないと考えます。

例えばCCCは武雄市図書館の実績を元に神奈川県海老名市、宮城県多賀城市、岡山県高梁市、山口県周南市、愛知県小牧市、宮崎県延岡市で単独またはTRCとの共同で公立図書館の指定管理化に向けた設計や指定管理者としての受託を獲得しています。
武雄市図書館はカフェや書店、レンタルといった指定管理者の自主営業事業を無理して併設した事で図書館機能や歴史資料館機能が弱くなってしまっており「書架にいっぱい本が並んでいてコーヒー飲むのにいい空間」では済まない問題を孕んでいます。
武雄市図書館は全国の自治体関係者が視察に訪問しており「わが町にも武雄市図書館が欲しい」というような反応をされる所が多くあります。この為、気がついたら地元の自治体のCCC図書館化の為に巨額の予算を取ろうとしかねない状況が現に起きています。

先行モデルは良きモデルとしてみるだけではなく悪しきモデルも同様に注目してその問題点は共有されるべきでしょう。この観点でその町の有権者、納税者かどうかという資格論で議論を止めるのは誤りです。

(2)県知事選結果から落選運動の影響有無を検証する
県知事選挙結果については県内各市町別で候補者別得票数が公開されています。こちらと期日前投票の結果から、いわゆる「落選運動」の影響が顕著にあったのか検証してみました。

要旨
・郡部は一部町を除き僅差、また武雄市は2010年市長選に近い結果となっている事から落選運動の影響はなかったと判断。
・武雄市を除く市部は期日前投票が活発な自治体で山口氏が得票率差でリード。期日前投票率が高いところは、優位に立った陣営の選挙活動が有効に機能したという仮説で説明出来るのではないか。
(山口氏優勢の市部と白石町、樋渡氏優勢の武雄市、有田町がこの仮説に該当)

・2003年県知事選の「自民党支持」候補者4名の得票率合計と2015年の山口氏、樋渡氏の得票率合計とほぼ同じ。またこれは古川知事の2選目(2007年)、3選目(2011年)と比較しても同様の事が言える。この事から2015年県知事選は保守支持層が山口氏、樋渡氏の間でどちらを選択するかという選挙だった側面はあると言って良いのではないか。(2015/1/19追記)

2015年佐賀県知事選挙 候補者別得票数(山口氏、樋渡氏抜粋)
※有効得票数=全候補者の得票数合計を記載。(島谷氏、飯盛氏の得票数も含む)

2003年・2015年県知事選挙 候補者別得票数比較
※2003年有権者数は投票率と有効投票者数より算出。正確なものではないので注意。

2003年〜2015年県知事選挙 自民党候補者得票推移(2015/1/19追記)


市部
・佐賀市と武雄市を外した市部合計での山口氏−樋渡氏得票率差は7.3%。
 郡部と比べると山口氏優勢。(樋渡氏優勢の市は武雄市、唐津市、 鳥栖市のみ)

・武雄市での樋渡氏得票率は5割程度と2010年市長選のパターンに類似。
 2010年は有力対抗馬が立候補しており4割はそちらに投票した。
 また2014年市長選は実質信任投票で2万票獲得しており、そちらと比べると4千票減。
 樋渡氏には「わが町から知事」という町を挙げての支持はなかった。

武雄市での樋渡氏得票数推移(2010・2014・2015年)

※2015年武雄市長選挙の樋渡氏得票数欄は小松氏の得票数を記載。

・人口最多の佐賀市での得票率差は21%。市町別では最大の21,278票差となった。
 (票差の半分は佐賀市が占める結果になった)
・佐賀市は秀島市長、佐賀市議の動きが影響を与えたと言われている。
 「市議1人あたり1千〜2千票の影響力」(読売)は考える材料になる。
 ※佐賀市議会は定員36

郡部
・郡部は白石町を外すと山口氏と樋渡氏の得票率差は2.6%に縮まる。
 2003年の保守分裂の県知事選では当選した古川氏と次点宮原氏の2.8%差だった。
 →郡部では票が割れていて山口氏が極端に優位に立てた訳ではないと言えそう。

・白石町は山口氏の故郷で「わが町から知事を」という結束があったのか
 樋渡氏に9,623票差をつけた。
 佐賀市に次いで第2位の票差となっており、山口氏圧勝に大きく寄与している。

・樋渡氏優勢の有田町の期日前投票率23.75%は白石町の24.17%と遜色ない。
 有田町では樋渡氏の得票率54.6%で山口氏37.7%と大きく離している。
 隣の市長だからと関心が強かったか、樋渡氏支持の活動が奏功したのか判断つかない。
・なお有田町の得票率は前回知事選より+12.91%増。
 樋渡氏の得票率が高かった他の自治体の傾向から外れている。
 (武雄市、有田町を除く樋渡氏優勢自治体の期日前投票の伸びは0.73%〜2.37%。
 山口氏優勢自治体より低い)
 積極的な樋渡氏支持の動きがあった可能性がある。

以上の事から、山口氏陣営の選挙活動が県内各地で早くから活発になっていた事、また出身地である白石町で圧倒的な支持を得ていた事、また樋渡氏陣営が武雄市で圧勝出来ず、佐賀市でも大きく遅れを取った事で結果として4万票という2003年知事選とは全く異なる大差につながっていっており「落選運動」が直接的に影響を与えた事はないのではないでしょうか。

佐賀県立図書館
樋渡氏が24時間開館構想を発表していた。
現在の開館時間は9時〜20時。武雄市図書館より1時間短いに過ぎない。